藤原理事長による令和8年8月下旬時事解説・時局分析の収録コンテンツ動画をお届けいたします。
*音声は、後日公開予定です。
\AIによる要約です/
*音声自動認識で書き起こしによるAI要約ですので、誤記等が含まれる場合もありますので予めご了承ください。
今回の収録は、悪党がいなくなったあとに始まる「立て直しの主導権争い」を出発点に、金融の常識がどう入れ替わるか、そのなかで一人ひとりが何をすべきかが語られました。6つの層に向けて、それぞれ異なる角度から要約しています。どこからお読みいただいても構いません。
「わからないから、やらない」ではなく
何をしていいかわからないとき、「わからないから何もしない」と決めてしまうのはよくない、と何度も話されました。わからないからこそ、ためしにやってみる。やってみて、結果を見て、また考える。その繰り返しが大事なのだ、と。
人に会って、行ってみる
知って、見て、縁をつくって、おもしろいと思ったら通ってみる。その繰り返しのなかで道が開けていく、と話されました。部屋に閉じこもって頭の中だけで考えていても、それは現実にはならない、と。
AIは便利な道具、でも最後は人間
AIはとてもよくできた道具で、ひとりではできなかったことができるようになる。けれど、AIがしてくれるのは調べたり考えを整理したりするところまでで、実際に動くのは人間です。生身の人間が出ていかないと物事は進まない、と話されました。
水害の起きる場所は、だいたい決まっている
もともと水の出やすい場所にたくさん家を建ててしまったから、水に浸かってしまう。水が出るところは大体決まっているのだ、と。これからは、街をつくる場所そのものを考え直さないといけない、と話されました。
「何もしないのが正解」だった時代の終わり
平成のはじめの大混乱を経験して、多くの人が「何もしないのが一番いい」と学んだ。銀行も融資をせず、預金を集めて国債を買っていればよい、という結論に至った——それが平成という時代だった、と述べます。ところが今は正反対で、何もしないと終わってしまう。銀行も、金利を上げないと預金が集まらず、自分で融資先を開拓しないと稼げなくなってきている、と。
なぜ逆になったのか
平成のときは物価が上がらず、ひたすら守っているだけでも何とかなった。けれど今は物価も金利も上がり、人口も世帯数も減っていく。待っているとなくなってしまうから、攻めていかなければならない——この躍動感が平成とは違う、と述べました。
為替が固定されると、何が変わるか
もし為替が固定相場に戻れば、過去50年間の金融の常識が消える、と述べます。これまでは為替が動き、金利が動き、株が動く——動くことを前提に相場を張り、経営もしてきた。為替が動かなくなれば、金融は実体経済と一緒にしか動かなくなる、と。
災害への備え
抜本的な災害対策を日本はやってこなかった、と述べます。もともと水の出やすい場所に住宅を建てた結果が水害であり、乱開発のツケだ、と。街をつくる場所そのものを変えていく決断が迫られている、と語りました。
変動相場制50年という時代の終わり
過去50年の変動相場制の時代は、実体経済と関係なく金融が動いていた、と述べます。金融は金融の常識だけで動いていた。それが通用しなくなり、金融はあくまで黒子として、実体経済の後ろについて資金繰りの面倒を見る——本来の姿に戻る、と。ロンドンやウォール街を潰すというのはそういう意味であり、商業銀行・貿易金融・投資銀行の三つに戻っていくだろう、と述べました。中央銀行の金融政策もなくなっていく、と。
実需原則への回帰
経済も金融も「実需原則」に戻る、と述べます。実際の仕事や生活があって、それを支えるのが金融なのだから、金融が肥大化して、仕事をする代わりに金融で生活するということは、よほどの高齢者を除いて不可能になる、と。だから早く実務能力を身につけたほうがいい、現場を中心とする実務能力を磨かないと難しい、と繰り返しました。
相場と歴史観
本当に相場で儲かるのは、10年に一度、100年に一度の変化を想定してかける人だ、と述べます。ジョージ・ソロスによるポンド売り、ナポレオン戦争でのロスチャイルドの例を挙げ、巨大な歴史観がなければ相場は張れない、と。それは金を賭けるのではなく、人生や会社、国を賭けることになる、と述べました。そうでない人は、早く実務能力を身につけたほうが確実にプラスだ、と。
平成のなかの分岐点
1995年、阪神淡路大震災の前後で、人ははっきり二つに分かれた、と述べます。必ずもう一度右肩上がりに戻ると信じた人と、もう戻らないと考えた人。戻ると思っていた人には、二度とその時代は来なかった。1999年のドットコムバブルで「もう一度来た」と喜んで戻った人たちがいたが、1年で崩壊し、それきりだった——10年間冬眠していたようなものだ、と振り返っています。
制度環境の反転と、学習の負債化
今回の中心にあるのは、過去の適応的学習が、制度環境の反転によって負債に変わるという論点です。平成初期の大混乱を経て「何もしないことが最適」という結論に至ったのは、当時の環境では合理的でした。低インフレ、低金利、需要の縮小という条件下では、不作為がリスク最小化として機能した。ところが物価・金利・労働需給がすべて反転したいま、同じ判断は「死んだも同然」になる、と述べます。経路依存の議論としてそのまま読める部分です。
金融の従属化
変動相場制下では金融が実体経済から独立して自律運動していた、という認識が前提にあります。固定相場への回帰は、その独立性を剥奪し、金融を実体経済の補助機能へ再従属させる制度変更として位置づけられました。商業銀行・貿易金融・投資銀行という三分類への回帰、中央銀行の金融政策機能の消滅、という帰結が示されます。
分散型と、可視性の上昇
新しいのは金融システムだけでなく世界システムそのものであり、中央集権ではなく分散型になる、と述べます。「わかった人が横につながる時代」であり、どこに誰がいるかが世界的に知られつつある、と。良い仕事はネットに載せて世界に告知したほうがいい、些細だと自分で思っていることが他所では大きな福音になることはよくある、という助言も添えられました。
政府と国民の共依存
政府は何もできない、国民は政府に依存する、その国民の票と納税で政府が回っている——これは共依存関係であり、ここからは何も生まれない、と述べます。行き場のない人たちが集まり、双方が立ち往生して終わる、と。個人の具体的な力がない限り本人は救われない、という前提に立った議論です。
「中立」という行動は存在しない
複素数を用いた運動方程式の比喩から、興味深い論点が提示されました。右に行ったものを真ん中に戻し、左に行ったものを真ん中に戻すというやり方は、中立ではなく糸を持って動かしていることだ、と。運動体の重心は常に前後左右上下に動きながら続くのだから、真ん中に戻すことが正しいというのは誤りだ、と述べます。
さらに踏み込んで、見ることすらしないのが中立であり、見るという行為自体に観測の力が働く、と。そうでなければ何かしら行動しているのだから、意図をもって行動し、違ったら直す——その繰り返しが制御なのだ、という結論です。「わからないから行動しない」は、行動しないのではなくブレーキをかけているのであり、それ自体が大きな働きかけになっている、と。
銀行行動の反転
平成の銀行は、融資をせず預金を集めて国債を買うのが最適解でした。それが逆転しつつある、と述べます。金利を上げないと預金が集まらない。自分で融資先を開拓し、リスクを取らないと稼げない。そして保有国債は値下がりしており、国債・債券の含み損は相当なものではないか、と指摘しました。
不動産と資産評価
足元の状況について、以下がはっきりと述べられています。
これに伴って資産の評価替えが出てくるため、株や不動産の値段が高いことで資産があると考えている個人・法人は注意が必要だ、と。売れるものなら売って現金にしておくほうが安全なことはよくある、最後にもう少し欲をかくと全部なくなるのが相場だ、と述べました。上がると思って買ったものが下がったとき、下がるのが許せないと言って持ち続けると全部なくなる、とも。
実務能力とAI
いつまでも実業から遠ざかり、金の話だけで利益を稼ごうとしても、どうにもならなくなる、と。現場を中心とする実務能力を磨くこと、そのうえでAIを道具として使うことが勧められました。AIについては「馬鹿と鋏は使いよう」と同じで、他のことをやらせても何もできないが、限定して任せれば相当の仕事をする、優秀な東大生のようなものだ、と。ただし分析とアシスタントにとどまり、先へ行動するのは人間だ、と。
動いている人と動いていない人
今すぐ慌てて競争する必要はない、世界最大のバブル崩壊の最中に動いても元の木阿弥になることが多い、と述べます。足元を固める時期がまだ続いている、と。ただし守るだけでは足りず、既存の競争の延長線上で条件を組み替える程度では不十分で、もっと抜本的な転換が要る、と。未来志向で動けているところと動けていないところの差は、これから極めて大きくなる、と述べました。
立地とBCP
災害対策について、水害の発生地点は大体決まっており、乱開発の結果として水の出やすい場所に住宅が建った、と指摘。街をつくる場所そのものを変えていく決断が迫られている、と述べます。事業所や倉庫の立地判断にもそのまま関わる論点です。
あのとき、二つに分かれた
1995年、阪神淡路大震災の前後で、人ははっきり二つに分かれていた、と振り返ります。何を言われても必ずもう一度右肩上がりに戻ると信じる人と、もう戻らないと考える人。戻ると思っていた人のもとに、その時代は永遠に戻らなかった。株も土地も必ず上がる、経営も大きくすれば必ず儲かる——その考えを最後まで変えなかった人たちは、本当に最後に消えていった、と。
1999年のドットコムバブルのとき、「やっぱりもう一度バブルが来た」と喜んで戻った人たちがいた。10年間の冬眠から覚めたようなものだったが、1年で崩壊し、それきりだった、と。同じことがまた起きると思う、と述べています。
お金の置き場所について
金融についてはどういう不測の事態が起きるかわからないから、関わらないこと、逃げることが一番だ、と述べます。預貯金や現金に置いておけば十分であり、円がなくなるわけではないのだから、と。ただし、お金を持っているだけではどうにもならない時代でもある、と付け加えられました。
株や不動産の値段が高いために資産があると考えている場合は、よく気をつけてほしい、と。売れるものなら売って現金にしておくほうが安全なこともよくある、最後にもう少し欲をかくと全部なくなるのが相場だ、と繰り返し述べています。
政府をあてにしない
政府が自分を救ってくれるとは絶対に思わないほうがいい、これだけは確実に見える、と述べます。黙って座っていても何も来ない。政府と国民が互いに寄りかかる共依存の関係からは、何も生まれない、と。
動いている人は、本当に動いている
今、動いている人はすごく動いている、びっくりするような人が集まってくるし、新しい取り組みも数多く行われている、と述べます。今までできなかったことができるようになった話もたくさんある、と。宣伝しなくても自然に広がっていくようなことが、今はとても多い、と。
知って、見て、縁をつくって、通ってみる
人間の力を磨くには切磋琢磨しかなく、いろいろな人と接しないといけない、と述べます。閉じこもっている間は現実にならず、頭の中で話が回っているだけになる、と。知って、見て、縁をつくって、面白いと思ったら続けて行ってみる——その繰り返しのなかで人生が開けていく、と。
中立ということについて
真ん中に戻すことが正しいというのは間違いだ、という話がありました。組織でも社会でも、重心は常に動きながら運動が続いている。本当の中立とは、見ることすらしないことであり、それは天が動かしているということだ、と。「わからないから行動しない」は中立ではなく、ブレーキをかけるという大きな働きかけになっている、と述べます。
慌てることはない、じっくり自分の道を選んで前に進んでほしい。ただし考えるだけでは済まず、行動しないといけない——そこで結ばれました。
\第23期活動日程随時更新中/
次回は、9月12日(土)ハイブリッド型(東京駅周辺&Zoom)にて開催いたします!詳細が決まり次第をご案内いたしますので、ぜひカレンダーにご予定いただけましたら幸いです。
今期も皆さまとのご縁・交流が深まりますことを運営チーム一同、愉しみにしております。ぜひお気軽にご参加くださいませ。
NPO法人日本再生プログラム推進フォーラム(NSP)は、NSP会員年会費・ご寄附と、クラウドファンディング2026を原資にアーカイブづくりをしています。ありがとうございます。