藤原理事長による令和8年9月時事解説・時局分析の収録コンテンツ(音声・動画・AI要約)をお届けいたします。
\AIによる要約です/
今回は、世の中の全体の様子と、これからどうしたらいいのかを通しでお話しされました。後半は、日本を「海幸彦(うみさちひこ)・農幸彦(のさちひこ)・山幸彦(やまさちひこ)」の三つに分けて考える枠組みが中心になります。6つの層に向けてそれぞれ異なる角度から要約しています。どこからお読みいただいても構いません。
山のくらし、平野のくらし、海のくらし
日本には、山のくらし、平野のくらし、海のくらしの三つがある、とお話しされました。それぞれ、海幸彦(うみさちひこ)・農幸彦(のさちひこ)・山幸彦(やまさちひこ)という名前でよばれます。海幸彦と山幸彦は、古い神話に出てくる兄弟の名前です。今の日本は、平野と海のくらしばかりで動いていて、山のくらしがほとんど使われていません。ここをちゃんとやったら、日本はすごい国になる、と。
山では「足」がいい
山のでこぼこした道では、車輪は苦手です。だから足のほうがいい。人間も車輪ではなく足で歩きますね、と。江戸時代までの地図を見ると、日本中に細い道がたくさん走っています。ああいうところを、足のついたロボットがスタスタ歩けるようにするのがいい。山をこわさなくてすむから、と話されました。
村の鍛冶屋(かじや)
昔は、村ごとに鍛冶屋さんがありました。大きな工場を一つ作ってみんなで分けるのではなく、それぞれの土地に作る場所があればいい。大事なのは、世界を征服することではなくて、その土地の人たちがそこで暮らしていけること——山のくらしはそういう考え方だ、とお話しされました。少しずつ畑をひらき、少しずつ木を植える。その土地の食べものを作って売る。木も上手に加工する。山だからこそ作れる機械も作る。
あらしが来たとき、動物は群れになる
大あらしが来ると、動物たちは種類を超えて群れを組み、いっしょに洞窟へ逃げるそうです。ふだんは食べる・食べられるの関係の動物同士でも、そうするのだと。人間も、大変なときは自分のことだけ考えていてはだめで、仲間を作らなければいけない、というお話でした。
今日のごはんと、明日のごはん
今日のごはんは、今できることで食べる。明日のごはんは、少し時間をつくって、あいた時間で用意していく。そうやって、だんだん育てていけばいい。お金にならなくてもいいから、何か未来を作っておきなさい——それが繰り返し語られたことでした。
世界が五つのまとまりに分かれていく
いまの世界は、お金を持っている国と持っていない国の差が極端になっています。これを直すには、貿易する相手同士で輸出と輸入の釣り合いが取れているほうがいい。その組み合わせを考えると十二くらいのチームができますが、そこに食べもの・エネルギー・資源をその地域の中でまわすという条件を足すと、世界は五つに分けられる、と述べます。
日本は島国だから、南の海のほうへ出ていくのがいい。大陸のほうに深入りするとアメリカとぶつかるし、昔からもめごとの種になってきた、と。この五分割は、AIに分析させてみて面白かった話として紹介されました。
お金の値打ちが大きく変わるかもしれない
アメリカは、金(きん)を裏づけにしたお金の仕組みに戻ってくるだろう、そのとき1ドル50円くらいでどうかと言ってくるのではないか、と述べます。それは受けたらいい、と。円高になると輸出する会社は苦しくなりますが、日本はこれまでも円高のたびに「大変だ」と言いながら結局対処してきた。対処できないところはやめていき、担えるところが入ってくるだけだ、と。
そして、日本にとって金より値打ちがあるのは日本の国そのもの、日本人だ、とも述べています。1981年からずっと、日本は経常収支が黒字です。
新しい道具がいちばんいいわけではない
iPhoneを毎年買い換えて、何かよくなったことがありますか、と問いかけます。新しいものをよくわからないまま使うより、確立されたやり方でやるほうが効果的で効率的だ、と。「新しい道具を買え」「新しい開発がいい」というのは、それで儲かる人たちの都合であることが多い、とも。
山を切り崩して平らにして新しい街を作る——世界中にありますが、作ったのに動いていない場所も多い。そんなお金があるなら、古い市街地を直して、にぎわいを保ったまま新しい時代に住みやすく作り直したほうがずっと効果が高い、と述べました。
不景気のときに、次を仕込む
不景気とは、今までの商品が売れなくなることです。だから新しい商品を開発して、はじめて自分の会社に好景気が来る。開発しなかったところには、次の好景気は来ない。戦後の高度成長は、黙っていて後ろから追い風が吹いただけではなく、ものすごい競争の結果だった、とお話しされました。
海幸彦・農幸彦・山幸彦 ― 日本をもう一度三つに分けて考える
今回の中心になるのが、この枠組みです。
山幸彦は山の世界。乗り物は車輪ではなく足。でこぼこした地形では車輪はストレスが大きく、無理な開発をすれば崩れます。産業のかたちも「大きな工場を一つ作ってみんなで分ける」のではなく、地域ごとに製造拠点がある村の鍛冶屋の世界。世界を征服することではなく、その地域の人たちがそこで生活を続けられることが目的になります。ただし孤立ではなく、ヒスイや黒曜石が昔から国内で取引されていたように、山の世界同士の交易もある、と。
いま日本の経済はほぼ100%が農幸彦と海幸彦で動いていて、山幸彦の領域はほとんど使われていない。ここでGDPの25%から3分の1くらいを稼げるようになったら、日本はすごい国になる、と述べます。しかも競争相手がいない。山で暮らす人のための装備・衣食住・輸送機械はあまり存在しませんし、日本のような条件で耐えられるものなら、世界中どこでも通用する。山地は世界中にあるので、山のノウハウは世界に売れる、と。
農幸彦は平野の世界。ここは今までの延長線で考えて大丈夫な領域です。干拓や埋め立て、車輪の乗り物(鉄道・車)、自動運転。ただし山と平野の境界線をしっかり引いたほうがいい、と。箱根湯本のように、登山電車と平野の電車を乗り換える駅があるようなイメージで。
海幸彦は貿易と金融。安く買って高く売る、物々交換が基本の世界です。ここは道具の世界ではなく、「誰を知っているか」の世界だ、と強調されました。視察団に乗って人脈のないところへ行って投資する——そういうやり方ではろくなことにならない。ソビエトの時代、西側との貿易がほとんどなかった中で、日本と共産圏をつなぐ小さな専門商社がありました。北朝鮮向け、ソビエト向け、キューバ向け、東ドイツ向け、チェコ向け。名前も知られていない中小の商社ですが、そこを通すとちゃんと仕事ができた。やはり人脈だ、と。
なお、金(ゴールド)は農幸彦と海幸彦の世界のものだ、とも述べています。国王と海賊、領主と交易者が組んで取り合いをしてきたのが金の歴史であって、山幸彦には関係がない。山の世界では、金で買えるものがそもそもない。自分たちで工夫して物を作るから、と。
為替と、金本位制
アメリカは金本位制で出てきて、1ドル50円くらいを提案してくるのではないか、と述べます。一回ボンとリセットするのに50円はとてもいいレートで、そこからスタートすれば目標が見えてくる。逆に、ここで安易に円安のレートを設定したら整理がつかない、と。参照されているのは、1ドル360円で始まって80円まで行った戦後の歴史です。50円で始めても、また円高に行くのではないか、と。
恐慌には型がある
インフルエンザの症状にたとえて説明されました。最初は体がだるい(成長が鈍る)。食欲が湧かなくなる(売上が上がらない)。活動が鈍って生産がうまくできなくなる。そのうち熱が出て寝込む——これが恐慌です。1929年の恐慌のときは、2年後の1931年にイギリスが突然金本位制を離脱し、極端なポンド安ドル高でアメリカの輸出が止まって金融システムが実質的に崩壊しました。日本なら昭和5〜6年の恐慌です。必ず金融が締まる時期は来る、と。
そして、止まった後のことを考えて手を打っていた人たちが、そこから出てくる。恐慌で止まってしまうのは、何もしていないところだ、と述べています。
戦後の高度成長は、甘くなかった
昭和25年の超均衡予算でとんでもないデフレが来て、朝鮮戦争の前に大企業がバタバタ潰れました。朝鮮戦争を挟んだ前後にも倒産が相当あり、そこで人が入れ替わった。企業内のものすごい努力と企業間の猛烈な競争、イノベーションと改善。それができない経営者や労働者は去るしかなかった。甘くなったのは1980年代半ば以降のバブルからで、あれは一瞬の出来事だった、と述べます。
軍事技術が変わると、基地の意味が変わる
トランプ大統領に近いシンクタンク Defense Priorities の論文が紹介されました。軍は抑制的に使うべきだという立場で、東アジアについては第一列島線(沖縄・台湾・フィリピン)から第二列島線(グアム・ハワイ)まで撤退すべきだ、前線にいることがかえって戦争を呼び込む、という主張です。
別の論文では、精密兵器が正規軍でない勢力でも使えるようになったことで、前線と後方の区別がなくなり、基地そのものが危険になったと指摘されている、と。中東での戦争で米軍基地が次々に破壊され、ディエゴガルシアまでドローンが飛んできた。空母が寄港できる港を失って200日以上も洋上にいた。ならば中東からも撤退すべきだ、という論理です。アメリカ自身も精密兵器を持っているのだから、遠くから撃てばよく、前線の基地はいらない、と。
これは中世の砦に似ている、とも述べます。戦国時代には尾根のピークごとに砦を設けて敵を迎え撃ちましたが、今その世界はありません。核兵器の時代になったとき、通常兵器での大きな戦争が意味をなくし、外交で戦争を収めるしかなくなった——その常識に戻っていくのだ、と。外交が中心で、軍事は備え。
三層に分けて読む
今回の内容も、観測・制度予測・説明枠組みの三層に分けると整理しやすくなります。
観測にあたるのは、金と原油の同時下落、ホルムズ海峡の通航量がピーク時の6〜8割で維持されていること、製油所の損傷、世界的な金利上昇、日本の経常収支が1981年以降ずっと黒字であること。制度予測は、金本位制への回帰と1ドル50円前後での再設定、世界の五極化、米軍の第二列島線への後退と日米同盟の終了、恐慌を挟んだ金融システムの入れ替え。歴史的アナロジーとしては、第二次石油危機後の1980年代(ソ連崩壊・テキサスの不況・中東の債務危機)、昭和25年の超均衡予算とデフレ、1931年のイギリス金本位制離脱、関東大震災後の大正バブル処理と昭和恐慌が参照されています。
分析枠組みとしての海幸彦・農幸彦・山幸彦
記紀神話の海幸彦・山幸彦に農幸彦を加えた三分法を、産業政策と国土計画の枠組みとして読み替える試みとして受け取れます。地形条件(起伏・平坦・沿岸)が、移動技術(足・車輪・船)、生産の空間配置(分散型の在地生産・集約型の大規模生産・交易)、価値の源泉(自給と加工・規模の経済・情報と人脈)をそれぞれ規定する、という構造です。
政策的な含意は明確で、日本のGDPがほぼ全面的に農幸彦と海幸彦に依存している現状に対し、山幸彦の領域を25〜33%まで引き上げることを目標に置く。国土の大半が山地でありながら山地向けの装備・生活財・輸送機械の市場がほぼ空白であること、山地国が世界に多数存在することから、比較優位と輸出可能性を導く議論になっています。同時に、山と平野の間に明確な境界線を引き、車輪系インフラを山地に無理に延伸しないという規範も含まれます。
貿易収支の均衡と域内需給による五極化
制約条件を二段階で入れる設計として読むと分かりやすくなります。第一段階は二国間の貿易収支の均衡という条件で、これだけでは12程度のブロックが可能になる。第二段階として食料・エネルギー・資源の域内需給を条件に加えると、解が五つに収斂する。結果として米中が一つのブロックになるのは、双方の経済規模と人口規模から他に選択肢がないためであり、アメリカの製造業が短期に復活しないこと、中国の資源が不足していることが補完関係を成立させる、という論理です。日本の最適解はオセアニア・東南アジアの一部・太平洋諸国との連携になる、と。
なお、この五分割はAIによる分析として紹介されたものです。
コーポレート・ガバナンス論
今回まとまった議論が展開されたのがここです。中心命題は「株主は社長以上に経営ができなければならない」。根拠は転換期における機能で、経営が行き詰まったときに、自ら経営を引き受けるか、経営できる人材を連れてくることができる主体が株主でなければ、会社と株主が共倒れになる、という構成です。事例としてウォーレン・バフェットが挙げられ、歴史的な参照点として渋沢栄一の出資と会社育成、戦前の財閥本社(持株会社)が能力の集積として機能し業種転換を主導したことが置かれます。それが機能していたのは昭和いっぱい、1970年代頃まで。
転機として位置づけられるのは、1980年代のマネタリズムの時代に進んだ株式の大衆化です。預金より株のほうが儲かるという誘因で、利益目的の一般投資家に株を持たせた。それによって、株主が経営能力を持つという前提が崩れた、と。含意として、大衆株主は恐慌で退出し、再建能力を持つ株主のみが残る、という予測が示されます。
この議論の延長として、非営利法人の構造問題が指摘されました。一般社団法人、医療法人、社会福祉法人、学校法人、宗教法人には株主に相当する主体がおらず、ステークホルダーが零細で配当も得られないため、経営能力のある人材を招くインセンティブが構造的に存在しない。結果として業界の常識しか持たない人たちだけで運営され、危機時に英知の結集ができず、合併決議も難しいため救済も再建もできない。生命保険の相互会社を株式会社へ転換した前例に触れながら、株式会社形態への転換を検討すべきだ、と述べています。
情報公開の政治学
機密の全面公開について、順序の問題として説明されました。公開は過去と区切りをつけるための手続きであって、当事者がまだ活動している段階で公開すればテロを招く。したがって、拘束と処罰が済んだ後に公開する。戦争中の日本国民が戦艦大和の存在すら知らされず、終戦後に知らされたのと同じ構造だ、と。含意は、公開された情報は現在への手がかりではなく過去の確認であり、見れば見るほど前に進むしかないことが分かる、という点に置かれています。
マクロ環境の想定
資源・エネルギー価格の下落、世界的な景気後退、急激な円高、恐慌を挟んだ金融の収縮。この組み合わせが前提に置かれています。実務上の論点は次のとおりです。
御用達 ― 平成半ばから言い続けてきたこと
ビジネスをゲームと考えているとバブル崩壊で行き詰まる、と述べます。みんなが困っているところにソリューションを提供するのがビジネスであり、お客さんと一緒にソリューションを考えて行動する。これが御用達の基本です。御用達ができると、御用達の仲間だけでチームができて、そこで経済が回る——御用達経済です。
御用達はお客を選ぶ商売でもある、と。ゲーム感覚で商売をやっている人を入れたら御用達はできない。一方で、御用達にできるのにやらなかったところ、昔ながらのやり方で孤立したところもだめだ、と。どんな老舗でも、お客も取引先も変わっていくのだから、新しいところを開拓し続けなければならない。いいものを持っていて御用達ができるのに、活かさないまま止まってしまった会社が結構あった、と振り返られました。
恐慌を前にして自分の金儲けだけを考えていては、誰も生き残れない、とも。大嵐のとき、動物は種を超えて群れを組み、いっしょに避難します。普段は食う食われるの関係にある動物同士がそうする。人間も、新しいチームを組んで行動しなければならない、と。
そのための「たまり場」の話も出ました。ただし、自分たちの金儲けだけを考えているたまり場は詐欺師の集団になる。誰のどのような役に立つのかを考える束ね場が必要だ、と。知っていって、見てあって、深く交流して、何ができるかを考え、自分なりに行動して軌道修正していく。この繰り返しだ、と。
株主として、経営者として
株主は社長以上に経営ができなければならない、という命題が繰り返されました。株価が下がったときに「社長が悪い」と言うのであれば、あなたが経営すればいい、あなたが人を連れてくればいい、と。器量を超えた金を持っても、捨てるだけ、消えるだけ、腐るだけだ、とも述べています。
山幸彦の領域という空白
事業機会として具体的に語られたのが、山地向けの領域です。足のついた輸送機械、山地での暮らしのための装備と衣食住、地域ごとの小規模な製造拠点、地域特産の食、木材の加工、山の世界ならではの機械。現在ほとんど競争相手がおらず、日本の条件で成立するものは世界の山岳地帯で通用する、という組み立てです。
同時に、儲からない段階から始めることの意味が強調されました。雇用でも観光でも健康でも農業でも、儲からない時期からやっていた人たちが、いま儲かっている人たちが「儲からないからやめた」という局面で主導権を取って前に進める。儲け話でなければ一円も出さない、という姿勢では間に合わない、と。
今日の飯と、明日の飯
結びの部分です。今日の飯は、今持っている実力で食べる。明日の飯は、少し時間を作って、空いた時間で仕込んでいき、やがてそれが自分を支えるところまで育てる。まったく知らない領域より、自分の仕事の少し周辺から考えたほうが分かりやすい。急いでもタイミングが来なければ成功しないので、着実にやる。副業でも任意の団体でもいい、金が儲からなくてもいいから、とにかく何か未来を作っておきなさい、と。
政治や役所は、新しい人が入ったところで何もできない。よく分かっている民衆が自ら動かなければ乗り切れない、というのが今回の結論部にあたります。
昭和25年、そして朝鮮戦争の前後
もっとも実感の伴う話は、ここだろうと思います。戦後しばらくは戦前の延長で経済が回っていて、昭和24〜25年まではそうだった、と。ところが昭和25年の超均衡予算でとんでもないデフレが来て、朝鮮戦争が始まる前に大企業がバタバタ潰れます。朝鮮戦争を挟んだ前後にも倒産が相当あり、そこで人とやり方が入れ替わった。けれども仕事は次々に来たので、新しい人たちが次の仕事を担った——それが高度成長の始まりだった、と述べます。
だから高度成長は、決して黙って座っていて追い風が吹いただけではない。企業内の努力と企業間の猛烈な競争、イノベーションと改善。それができないところは残らなかった。金もあまりなかった。甘くなったのは1980年代半ば以降で、あれは一瞬の出来事だった、と。
関東大震災から昭和恐慌へ
大正バブルが弾けてとんでもない不良債権が生まれ、震災手形の問題もあって、当時の日本経済は整理を嫌がっていました。井上準之助たちは整理断行を主張し続け、実際に断行したら経済は恐慌の真ん中に落ちた——それが昭和恐慌です。農家は絹の生産ができなくなり、工場労働者になったり、満州や南洋へ行ったり、最後は兵隊になった。農業から離れて、サラリーマンや自営業者になる人が多かった、と。
平成に終わったもの
精神的にひとつの時代が終わったと感じられたのは阪神淡路大震災だった、と述べます。神戸の壊れ方を見て、これはもう不動産はいけないと思った。工場も相当潰れました。あの猛烈な右肩上がりの好景気は絶対に戻らない、とみんながあそこで思った、と。
そしてその後の貸し渋り・貸し剥がしで、昭和の金融の常識と経営のやり方が完全に終わりました。不動産を担保に一年物の資金を借りて毎年借り換え、不動産の分だけいつも手元に金があって、失敗しても右肩上がりだから他で取り返せる——その方程式が終わった。平成はひたすらデフレ経済、減量経済、リストラ経済で、令和になって物価が上がり、どうにもならなくなってきた、というのが今の様子だ、と。
焼け跡
いまの日本の大企業の多くは焼け跡だ、という表現が使われました。デフレの時代に後退に次ぐ後退を続けて、とりあえず生き残った。けれども焼け跡はそのまま残っている。しょうもない仕事が残り、しょうもない注文が残り、しょうもない関係が残っている。そこでまだ食べている人がいるから続いているけれど、どこかで幕が下される日が必ず来る、と。
人脈の話
ソビエトの時代、西側と共産圏の間にはほとんど貿易がありませんでした。それでも日本とソビエト、日本と共産圏をつなぐ小さな専門商社があった、と。北朝鮮向け、ソビエト向け、キューバ向け、東ドイツ向け、チェコ向け。普通の人は名前も知らないような中小の商社です。そこを通すとちゃんと仕事ができた。実際に仕事でやったことをよく覚えている、と。海外との商売は物ではなく人脈であり、人脈さえあれば物は流れていく——けれども最近は日本側も相手側もどんどん人が入れ替わるので、人の関係がつながらなくなった、と述べています。
恐慌の、いいところ
悲惨なことだけれども、恐慌にはひとつだけいいところがある、と述べます。永遠に続くことがない、という点です。どんな悪事も必ず崩壊する。そして、どんなに良かれと思ってやっていても、いつまでも世代交代しない人はだめだ。次の人に譲らなければならない。市場原理はそれをちゃんとやってくれる。いまその良さが生かされる時だ、と。
終わるものを終わりにしないと、次が生まれない。終わるプロセスには少し時間がかかる。それを踏まえた上での未来のほうが絶対に効果的で、おそらくそれしかない、と。
繰り返し語られたこと
自分の生活と仕事の範囲内で、次のチャンスを見つける。今日の飯は今までの実力で食べ、明日の飯は空いた時間で仕込んでいく。急がず、着実に。金が儲からなくてもいいから、何か未来を作っておく。長い目線、中長期の視点を持って——「なんとかなるさと思って、なんとかすればいいだけのことです」。そう結ばれました。
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