新生日本の国家ビジョン「グレートコラボレーション = 偉大なる共生社会の建設」

第2章社会危機・環境危機がない社会とはどんな社会なのか

1.無限の安定とは日々の充実のこと

無限の命というのは、日々完結している命と同じ意味であります。すなわち危機がなく、無限に安定が続いていく世の中というのは、昨日から引き継いだ問題に翻弄されることなく、翌日に問題を先送りすることなく、一日一日が無理なく無駄なく完結している世の中のことです。「対症療法」を頼りに無理をしたり曲がったことをすることがなく、力に任せて今日の勝ち負けにこだわるということがなく、昨日の悲しみに打ちひしがれることがなく、明日に不安や恨みを飛ばすことがなく、一日一日を最高に充実させ、そして最高に完結させて生きて行く世の中が、無限の安定をもつ世の中なのです。

2.最後の勝ち組が見る光景

どうでしょう。今までのものすごく忙しかった20世紀の時代を駆け抜けてきて、 さらにもっと速く走れと互いに叱咤激励しあっている今の日本の人々が、今、一番求めているのは何でしょうか。もっと速く走る力でしょうか。もっと多くのことを記憶 する力でしょうか。あるいはもっと激しく戦える力でしょうか。たしかにそういう人も世の中にはまだいます。しかしよく見てください。そういう人が一時は勝ち組となってまだまだ20世紀的価値観のなかで勝てると自信を持っても、次の日には突然会社がリストラを始めたり、無理がたたって大病を患ったりして、あっという間に負け組に転落していってしまいます。今の我々は嫌というほどそういう姿を見せ付けられていませんか。また大なり小なり、みんなそういうことを体験しているのが今の時代ではないでしょうか。今の時代の勝ち組・負け組の二極分化が最後に行き着いたとき、そこに何が見えるのか。次第に多くの人が気づき始めています。それは、無数の敗者の恨みの上にひとりの勝者が立ち、そのひとりの勝者の足元ですら無数の敗者の恨みで突き崩され、最後には誰もいない荒野だけが広がっているという光景です。

3.今、日本人は何を求めているのか

では、今、日本人は何を求めているのでしょうか。一言で要約すれば、「安心」ではないでしょうか。昨日の心配を引きずることなく、明日の心配をすることもなく、今日一日を腹の底から最高に晴れやかな気持ちで暮らしたいと思う気持ちではないでしょうか。あまりにも激しく変化してきた20世紀が終わって、人々は改めて安定と平和を求め、その上に大いなる安心を感じて生きていきたい、それが今の日本人が心から求めて止まない価値観なのではないでしょうか。それと同時に人々は今までのこの辛かった平成の苦難の時代を、「忘れたい」と思っているように思います。戦争体験者が決して積極的に戦争体験を語ろうとしないのと同じように、人々は平成のこの辛い時代から早く抜け出したいと思うと同時に、これを「忘れたい」と思っているのではないでしょうか。それは、多くの人がこの辛い時代の被害者であると同時に、加害者にもなってしまっているからではないでしょうか。ですから今の日本は今までの恨み、思いを一度全部水に流して、ゼロからやり直すチャンスを手にしつつあるのです。

4.20世紀の日本は既に「成功」を達成し終わっている

一般にリーダーの最も大事な仕事のひとつは、その組織あるいは国にとって、「成功」とは何かを具体的に定義することです。今の日本は20世紀とは違う成功の定義が必要です。かつて幕末の開港の時代から20世紀の終わりまで、日本の成功とはひとえに世界の列強と戦って勝つことだったといってよいと思います。あるときは戦争で勝ち負けを競い、あるときは貿易で勝ち負けを競い、またあるときは財産の量で勝ち負けを競い、今日まで活力を保って成長してきたのが日本の姿だったと思います。今の日本は確かに大分落ちぶれた感があって、世界からも見下げられているようではありますが、しかし日本の現実は明治以来日本が競ってきた欧米列強と比較すれば、特に経済力や人々の生活水準において決して遜色ないどころか、相当進んでいるところが少なくありません。まず何よりも世界トップ水準の貿易黒字国ですし、大分不況がひどいとっても、街中には山海の珍味がびっくりするほど安い価格であふれ、虫眼鏡を使わなければボタンを押せないような極めて小さな録音機が、何時間も人の話や音楽 を録音し続けてくれます。こうした現実を見ると、まだまだ足りないところ、直すべきところはたくさんありますが、「足るを知る」という大事な教訓を思い起こすとき、今の日本は既に幕末の開港以来の国家の成功目標を、見事に達成していると判断すべきです。そうです。日本は既に20世紀までの国家の成功目標を見事に達成し終わっているのです。

5.「成功」の定義が変わるとき

だからこそ、今の日本には新たな成功の定義が必要なのです。逆に言えば昭和が終わってから21世紀に入って、今に至るまでのたった15年間に、なぜ日本がかくもみすぼらしい姿になってしまったのか、なぜ日本の活力が失われてみんな朦朧(もうろう)として暮らすようになってしまったのか。その答えは平成に入ってから今まで、日本が成功の定義を持てなかったからです。すなわち平成に入ってからの日本というのは何が成功かがよくわからないままにとにかく力任せに走り続け、その結果くたびれ果て、人も国も漂流して座礁しかかっているということなのです。そうです。今の日本に必要なこと、それは「成功」の定義を変えることです。いや、新しい日本の「成功」を定義すること、と言ったほうが正確かもしれません。新生日本は新しい日本の「成功」を定義するところから始まります。私は新生日本の成功の定義を、『グレイト・コラボレーション=偉大なる共生』社会の建設―違いが強さになる国創り―、と名づけ、これから10年を『グレイト・コラボレーション=偉大なる共生』社会のインフラ(社会基盤)作りの10年としたいのです。

2011-08-27

藤原直哉


関連のあるアーカイブ

対談
タグ別